マザーハウスでボランティア
この夏休みに現代英語学科4年生の瀬尾沙ゆ里さんが、インド、コルカタ(旧カルカッタ)にあるマザーテレサ創設の「死を待つ人の家」でボランティア活動をし、その際、貧しさの中で真実の愛とは何であるかを知る体験をしてきました。瀬尾さんに貴重な体験談を書いていただきました。
マザーハウスでボランティア活動
4年 瀬尾 抄ゆ里
インドのコルカタ(旧カルカッタ)は、インドで最も貧しい地区と言われ、食べる物も無い貧しい人々が数えられないほど沢山いる。その多くが路上で生活していて、物乞いをする人・ただ力なく横たわっている人など様々である。彼らの最後は、誰にも看取られず孤独に死んでいく。
だからマザーテレサは、彼らが孤独を感じながら死ぬのではなく、多くの人に愛されて亡くなる事が出来るようになる為に『死を待つ人の家』を作った。
この施設は、道端や駅で弱っている人の中でも最も危険な状態の人が運び込まれ、その人達の最後を看取る為のものである。患者さんの多くは、栄養失調による衰弱である。中にはHIV、結核などの重い病気を抱えた人もいる。ベッド数は男女合わせて約80。ベッドが空くと直に違う患者さんが入ってきて常にベッドは満席状態になる。
ボランティアをする前、施設の雰囲気は暗くて閑散としていて重い空気というマイナスイメージしかなかった。しかし一歩施設の中でボランティアをすると、驚く事に患者さん達は皆笑顔で、ボランティアやシスター達も笑顔で楽しそうに働いている。想像していたものと正反対だった。正しい表現かわからないが、ボランティアをしていてとても楽しかった。
ボランティアは朝8:00ー12:00、昼15:00ー18:00まで。朝だけでも朝昼両方ボランティアしても良い。仕事内容は、患者さんが使った服・おむつ・シーツ・食器などの洗濯、沐浴、食事の配膳、患者さんとの会話、マッサージなど。看護士など特殊な能力を持った人は、患者さんへ薬や治療を施す。洗濯といっても洗濯機が無いここでは、簡単な事ではない。水で汚れを軽く流し、足で踏み、手で一つ一つ力一杯絞っていく。それを屋根へ持って行き干す。とても原始的な洗濯方法である。
患者さんとの会話は、私にとってとても難しい事だった。患者さんはベンガル語で話しかけてくるが私はベンガル語を話せない。どうやって会話をするのかわからなく悩んでいた。そして、気づいた事は他のボランティアの人達は母国語を使って会話をしていた。べつに言葉は関係なかった。言葉ではなく心で会話していた。寂しそうな眼をしていたら、そっと横に座り手を握ってあげる。それだけで十分なのだ。一番大切なのは、相手を愛し思いやる事。そうすると、患者さん達も自分が愛されていると実感でき心が満たされる。これが、患者さんの笑顔の理由だった。
ボランティアの楽しみの一つは、世界中に友達が作れること。ボランティアは世界中から集まってくる為、ヨーロッパ・アメリカ・アジアなどの色々な話が聞けてその人達と会話が出来る。お喋り好きな私は、毎日沢山の人に話しかけて友達の輪を広げた。いつもハイテンションなスペイン人、着実に仕事をこなす韓国人など、色々なお国柄が見えた。それに友達が増えると仕事ももっと楽しくなった。
インドでボランティアをした事で、インドにおける格差社会が生んだ貧しい人々がこれほど多くいるという事を実感した。インドには食べる物が無い貧しい人が数億人もいる。しかし、この施設はたった80人程度しか救えない。それでも諦める訳ではなく、この施設が行っている様に小さな事を積み重ねて、一人でも多くの人が笑顔になれるようにする事が大切だと感じた。そしていつか、この施設が必要で無くなり、全ての人が元気に笑顔で暮らせる日が来る事を祈っている。

