日系カナダ人映像作家 リンダ・オーハマ氏を迎えて 2009年度現代英語学科主催上映会/講演会
上映会: 『おばあちゃんのガーデン(Obaachan’s Garden)』(16:40-18:20)
講演会: 「3世の立場からみる日系カナダ人体験
(One View of the Nikkei Canadian Experience from the Heart of a Sansei)」
(18:30-19:50)
<講演会の様子>
<リンダ・オーハマ氏>

<リンダ・オーハマ氏>
<鶴本 花織先生が通訳されている様子>

現代英語学科では、6月23日に、日系カナダ人映像作家のリンダ・オーハマさんをお迎えして、オーハマさん制作の『おばあちゃんのガーデン』(カナダ2001)の上映会と講演会を行いました。学外からのご参加もいただき、学生と教職員とを合わせて40名ほどの聴衆が、映画鑑賞を行い、オーハマさんの話に聞き入りました。
オーハマさんの母方のおばあさんのアサヨ・ムラカミさんは、1923年に広島県尾道市からカナダのバンクーバーに写真花嫁として渡り、船大工のムラカミさんと家庭を築きましたが、第2次世界大戦中には敵性外国人としてアルバーターに収容され、その後バンクーバーに帰ることもありませんでした。「何も楽しいことなかった」という生活のなかでの花づくりと、日本からもってきたバイオリン、日系コミュニティの友だちが、アサヨさんの心の支えでありつづけました。104歳で亡くなる前には、写真花嫁としてカナダに渡った日本女性の最後の生存者であったとのことです。片言の英語以外には言葉を変えることもなく、日本語を保ちつづけたアサヨさんの100歳の誕生日の後、長い沈黙を解いて知らされた過去――家族も知らなかった日本の2人の娘のうちの1人との再会の場面がスクリーンに映し出されました。
アサヨさんのライフ・ストーリーは、私的なものでありながらも、私たちの歴史のなかに存在したひとりの女性の確かな物語として、明治・大正期に育った日本女性の多くの生と、沈黙を美徳とする日本の教えを守り、容易に語られることのなかった日系1世たちの移民経験、そして悲しみや痛みを乗り越えるため、物語を自ら紡ぎあげてきた、数多くの人たちの姿を重ね合わせることができるように思います。
講演者のオーハマさんは、日本での数年前の講演をきっかけに、日本語を学び始めましたが、日本語を話すことを両親から厳しく禁じられた3世世代にとって、日本語を口にすることは、喉や胸に痛みを感じ、強い罪悪感を伴う辛い行為であったそうです。通ったこともない小さな通り道に安らぎを覚え、聞いたことのあるはずもない鳥の声に懐かしさを感じる、オーハマさんにとっての日本。子どものときにアサヨさんからもらい、学生時代にも常に携帯したスカーフ代わりのピンクの帯上げを、祖母の存在を提示したい衝動から時折撮影カメラの前に放り投げ、もう一度日本に帰りたいと願った祖母の代わりに尾道の地に残したそうです。人との縁の大切さや不思議さ――無関係に思うことも、無駄に思うことも、後々にはすべて大事なものとしてつながるかもしれない――そんなメッセージを残して、講演を締めくくられました。
当日、ご来場いただきました皆様に心から感謝申し上げます。予定終了時刻を越えての講演になりましたことをお詫び申し上げます。

